炎症性腸疾患と妊娠、薬はやめるべき?2025年の国際コンセンサスを消化器内科医が解説

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潰瘍性大腸炎やクローン病で妊娠を考えるとき、いちばんの不安は「今飲んでいる薬を、続けていいのか」ではないでしょうか。2025年8月、この問いに正面から答える初めての国際コンセンサスが発表されました。この記事では、その原文にあたって内容を整理し、日本の実情と照らし合わせて解説します。

目次

この記事の要点(先に結論)

  • 2025年8月27日、炎症性腸疾患(IBD)と妊娠に関する初の国際コンセンサスが発表されました。6大陸39人の専門家と7人の患者アドボケイトが参加し、34のGRADE推奨と35のコンセンサス・ステートメントがまとめられています(Inflamm Bowel Dis. 2025;31(10):2615-2664)。
  • 貫かれている原則は、原文の言葉で “maternal health best supports infant health”(母体の健康こそが赤ちゃんの健康をいちばん支える) です。
  • その原則から導かれた最大の変更点が、抗TNF抗体をはじめとする生物学的製剤を、妊娠期間を通じて継続するという推奨です。
  • 一方で、メトトレキサート・JAK阻害薬・S1P受容体調節薬は、妊娠前に中止することが求められています。
  • ただし日本には日本の事情があります。この記事は主治医の指示に代わるものではありません。自己判断での中止・変更は絶対に避けてください。

潰瘍性大腸炎そのものの基礎知識は潰瘍性大腸炎とは|症状・原因・治療・食事を消化器内科医が解説に、クローン病についてはクローン病とは|症状・原因・治療・食事を消化器内科医が解説にまとめています。

1. なぜ今、「妊娠とIBD」の国際コンセンサスなのか

発症のピークが、そのまま妊娠を考える年代と重なる

日本の難病情報センターによると、潰瘍性大腸炎の患者数は146,702人(令和5年度の特定医療費〈指定難病〉受給者証所持者数)で、発症年齢のピークは男性20〜24歳、女性25〜29歳とされています(難病情報センター:潰瘍性大腸炎(指定難病97))。

クローン病は患者数52,108人(同令和5年度)で、10歳代〜20歳代の若年者に好発し、最も多い発症年齢は男性20〜24歳、女性15〜19歳と記載されています(難病情報センター:クローン病(指定難病96))。

つまりIBDは、多くの方が「これから妊娠・出産を考えよう」という時期に発症する病気です。診療していても、診断とライフイベントが重なって悩まれる方に日常的に出会います。

「知らないこと」自体がリスクになっていた

コンセンサス本文には、次のような現状が引用されています(いずれも原著の記載)。

  • 妊娠に関する知識を測る指標(CCP-KNOW)を用いた2つの研究で、約半数が知識不足と判定された。
  • IBDのある女性では、一般人口と比べて「自らの意思で子どもを持たない(voluntary childlessness)」割合が高い(18% 対 6%)。
  • ある研究では80%以上が薬の害に関する懸念を表明していた。

原著はさらに、妊婦は原則として治験から除外されるため人での安全性データが乏しく、その結果「妊娠可能年齢の女性には薬を出さない」「妊娠したら止める」という判断が既定路線になりやすい、と指摘しています。そして薬を止めれば疾患活動性が上がり、それが母体と胎児の有害転帰につながると述べています。

今回のコンセンサスは、この「善意の中断」が実は遠回りだった、という点を正面から扱った文書だと私は受け止めています。

2. 2025年グローバルコンセンサスとは何か

項目 内容
正式名称 Global Consensus Statement on the Management of Pregnancy in Inflammatory Bowel Disease
作成主体 Global Consensus Consortium(Helmsley PIANO Expert Global Consensus)
構成 IBD・関連領域の専門家39名+患者アドボケイト7名、6大陸から参加
手法 データが十分な項目はGRADE法、専門家意見が必要な項目はRAND法
分量 10カテゴリー、GRADE推奨34項目、コンセンサス・ステートメント35項目
公表日 2025年8月27日
掲載誌 Inflammatory Bowel Diseases 31巻10号 2615-2664頁。7誌に同時掲載(Gastroenterology、American Journal of Obstetrics & Gynecology、Gut、The American Journal of Gastroenterology、Journal of Crohn’s and Colitis、Inflammatory Bowel Diseases、Alimentary Pharmacology & Therapeutics)
DOI 10.1093/ibd/izaf171

※本記事の推奨文は、すべて上記原著のTable 1(GRADE推奨)およびTable 2(コンセンサス・ステートメント)に基づいています。書誌情報はPubMed(PMID: 40874613)でも確認できます。

GRADEの「推奨(recommend/strong)」と「提案(suggest/conditional)」の違い
原著の説明によれば、strong(強い推奨)は介入の利益が不利益を明らかに上回るときに、conditional(条件付き)はエビデンスの質が低いなどで利益と害のバランスに不確実さが残るときに用いられます。本記事でも「推奨」と「提案」を区別して記載します。

3. いちばんの変更点 ─ 生物学的製剤は妊娠中も続ける

何が推奨されたのか

【資料の記載】 原著Table 1・Table 2より。

薬剤 推奨内容 強さ/種別
抗TNF抗体 妊娠期間を通じて維持療法を継続することを推奨 Strong(GRADE 17)
抗TNF抗体+チオプリン併用 妊娠期間を通じて継続することを提案 Conditional(GRADE 18)
ベドリズマブ 妊娠期間を通じて継続することを提案 Conditional(GRADE 19)
ウステキヌマブ 妊娠期間を通じて継続することを提案 Conditional(GRADE 20)
抗IL-23抗体(ミリキズマブ、リサンキズマブ、グセルクマブ) 妊娠中も継続すべき コンセンサス17
バイオシミラー 既存の生物学的製剤と同様に継続すべき コンセンサス16
5-ASA製剤 維持療法を継続することを推奨 Strong(GRADE 12)
サラゾスルファピリジン 継続することを提案 Conditional(GRADE 13)
ステロイド 臨床的に必要な場合は適切なモニタリング下で使用を提案 Conditional(GRADE 14)
チオプリン(アザチオプリン等) 継続することを提案(先天奇形・乳児感染症の増加を示すデータはない) Conditional(GRADE 16)

抗IL-23抗体は、日本でもオンボー(ミリキズマブ)スキリージ(リサンキズマブ)トレムフィア(グセルクマブ)が使われるようになった薬です。国内の治療指針の改訂内容は潰瘍性大腸炎の治療指針が改訂されましたにまとめています。

なぜ「続ける」なのか ─ 中止と再燃のデータ

原著が引用している主な研究です。

  • Malhiらのシステマティックレビュー・メタ解析:妊娠後期に生物学的製剤を中止した群は、継続群と比べて産後の疾患活動性のオッズが高かった(OR 1.77、95%CI 1.01–3.10)。また、受胎時に活動性があるとOR 10.59、妊娠中に活動性があるとOR 4.91と、産後の活動性のオッズが上昇した。
  • Meyerらのターゲット試験エミュレーション:継続群2,403例 対 中止群2,890例。継続は再燃頻度の低下と関連した(35.8% 対 39.0%、調整RR 0.93、95%CI 0.86–0.99)。早産も継続群で少なかった(7.6% 対 8.9%、調整RR 0.82、95%CI 0.68–0.99)。
  • Luuらの後ろ向きコホート(1,456例):妊娠24週以降に抗TNFを中止した群で再燃が多かった(45.8% 対 30.6%、P = .005、調整OR 1.98、95%CI 1.25–3.15)。

一方、前向きコホートであるPIANO研究(Mahadevanら)では、妊娠後期の生物学的製剤中止は産後再燃リスクの増加と関連しなかったと報告されており、早産率も10%で背景集団と同等(P = .69)でした。原著はこの不一致を明示したうえで、コホートサイズ・研究デザイン・母体疾患活動性による調整の有無といった交絡を考慮し、最終的に「妊娠中の抗TNF中止は避けるべきである」と結論しています。

ここは大事なところなので、あえて丁寧に書きました。「全部の研究が同じ結論だった」わけではありません。原著自身が、中止するかどうかの判断はランダムではない(寛解が安定している人ほど中止されやすい)というバイアスを繰り返し注意喚起しています。そのうえで、判断を誤ったときの代償が母児の両方に及ぶことを重く見て、継続が推奨されたという構造です。

再燃そのもののサインについては潰瘍性大腸炎の「再燃サイン」を医師が解説|寛解期の初期症状7つもあわせてご覧ください。

薬は赤ちゃんに移行しないの?

原著の記述です。

  • IBDで使われる生物学的製剤のほとんどはIgG1モノクローナル抗体で、例外はナタリズマブとミリキズマブ(IgG4骨格)。
  • セルトリズマブはFc部分を持たないFab’断片のため、能動的に胎盤を通過しない。
  • IgG抗体は妊娠初期には胎盤を通過せず、中期・後期に安定して移行し、通常は乳児に検出可能なレベルとなる。
  • インフリキシマブは妊娠後期に血中濃度が上がることが知られており、原著は妊娠中の体重増加にかかわらず妊娠前と同じ用量を維持する実践を支持する根拠としています。

4. 妊娠前に中止が必要な薬と、その休薬期間

原著Table 1・Table 2より。

薬剤 推奨内容
メトトレキサート 受胎前に維持療法を中止することを推奨(Strong/GRADE 15)
トファシチニブ 受胎の4週間以上前に中止(コンセンサス20)
ウパダシチニブ 受胎の4週間以上前に中止(コンセンサス21)
フィルゴチニブ 受胎の4週間以上前に中止(コンセンサス22)
オザニモド 受胎の3か月以上前に中止(コンセンサス18)
エトラシモド 受胎の1〜2週間以上前に中止(コンセンサス19)

いずれのJAK阻害薬・S1P受容体調節薬についても、「母体の健康を維持するための有効な代替治療がない場合を除き」という条件が付されています。つまり一律禁止ではなく、代替がないほど重症な場合の扱いは別、という書き方です。

また、妊娠中に活動性が出た場合について、コンセンサス12は「チオプリン、メトトレキサート、JAK阻害薬、S1P受容体調節薬を除き、非妊娠患者と同じ適切な治療を開始または最適化すべき」としています。

チオプリンを続ける場合の注意

コンセンサス13は、妊娠中にチオプリンを継続する場合、肝内胆汁うっ滞に注意し、肝酵素・代謝物濃度の測定と分割投与の検討を行うべきとしています。

5. ここが日本との違い ─ 必ず主治医と確認してほしい3点

国際コンセンサスは世界の平均的な最善策を示すもので、日本の添付文書・保険適用・接種スケジュールをそのまま置き換えるものではありません。私が特に注意が必要だと考える3点を挙げます。

5-1. アザチオプリンの扱いが日本の記載と食い違う

  • 国際コンセンサス(2025年):妊娠中・妊娠希望時もチオプリンの維持療法を継続することを提案(GRADE 16)。
  • 日本産婦人科医会「合併症妊娠」(2024年掲載):アザチオプリンは「妊娠中も投与可能であるが,男女ともに遺伝毒性の可能性があるため,可能であれば回避した方がよい」(日本産婦人科医会)。

ニュアンスが明確に異なります。どちらが正しいという話ではなく、「あなたの場合はどうか」を主治医と産婦人科医で相談して決める領域です。ここを個人で判断するのは避けてください。

5-2. 低用量アスピリンは産婦人科の管轄

コンセンサスは、IBDのある妊婦に対して妊娠12〜16週までに低用量アスピリンを開始し、早発型妊娠高血圧腎症を予防することを提案しています(Conditional/GRADE 9)。またコンセンサス9は、IBD合併妊娠は合併症のハイリスク妊娠として扱うべきとしています。

日本の産科診療で低用量アスピリンをどの範囲の妊婦に用いるかについては、産婦人科診療ガイドラインの該当する推奨文を今回確認できませんでした。確認できていない以上、日本での適応や開始時期をここで断定することはしません。実施の可否は産婦人科の主治医にご相談ください。

5-3. 赤ちゃんのワクチン ─ ロタとBCGは事前に段取りが必要

コンセンサス側

  • 不活化ワクチンは、子宮内での薬剤曝露にかかわらず予定どおり接種すべき(Strong/GRADE 32、コンセンサス33)。
  • 生ワクチンであるロタウイルスワクチンは、子宮内で生物学的製剤に曝露した児にも接種してよい(Conditional/GRADE 33)。
  • 生BCGは、子宮内で抗TNFに曝露した児では生後6か月間は避けることを推奨(Strong/GRADE 34、播種性結核とそれに伴う死亡のリスクのため。地域のリスクを考慮すること、と注記あり)。
  • JAK阻害薬・S1P受容体調節薬に子宮内で曝露した児は、生後1か月以降であれば生ワクチンを接種してよい(コンセンサス34)。
  • 母親が生物学的製剤を使用しながら授乳している場合、児に生ワクチンを接種してよい(コンセンサス35)。

日本の定期接種スケジュール

  • ロタウイルスワクチン:経口弱毒生ワクチン。初回接種は生後2か月から生後14週6日まで(生後6週から接種可能)。この期限は腸重積症のリスク低減を考慮して設定されています(厚生労働省:ロタウイルスワクチン)。
  • BCG:標準的には生後5か月〜8か月に1回接種、1歳に達するまでに接種を完了(厚生労働省:BCGワクチン)。
  • 日本産婦人科医会も、抗TNFα抗体製剤を妊娠22週以降に使用した例では、出生児のBCG接種時期の延期について主治医と相談するよう記載しています。

ここは実務上いちばん段取りが要る部分です。ロタウイルスワクチンには「生後14週6日まで」という後ろにずらせない期限があります。コンセンサスは「接種してよい」としていますが、産まれてから小児科で相談を始めると間に合わない可能性がある、というのが現場感覚です。妊娠中のうちに、産科・小児科・消化器内科の三者で予防接種の段取りを共有しておくことをおすすめします(これは資料の記載ではなく、筆者の実務上の提案です)。

BCGについては、コンセンサスの「生後6か月まで避ける」と日本の標準接種時期「生後5〜8か月」は、後半で重なります。大きくスケジュールを崩さずに調整できる可能性があるということですが、判断は必ず主治医と行ってください。

6. 妊娠前にやっておきたいこと(プレコンセプションケア)

寛解を確認してから計画する

  • IBDのある女性はプレコンセプションカウンセリングを受けることを推奨(Strong/GRADE 7)。
  • 計画的な妊娠の前に、記録として確認された寛解の状態にあり、医学的に最適化されているべき(コンセンサス5)。
  • 避妊が必要な期間は、エストロゲン含有製剤より長期作用型可逆的避妊法(LARC)を優先すべき(コンセンサス4)。
  • 妊娠早期または妊娠前に、栄養状態・体重増加・微量栄養素の不足を評価すべき(コンセンサス11)。

「IBDだと妊娠しにくい」は本当か

  • IBDのある女性は、ない女性と比べて妊よう性が低下している可能性がある(Conditional/GRADE 2、エビデンスの質はVery low)。
  • 背景として、卵巣予備能の低下が関与している可能性がある(コンセンサス2)。
  • 活動性がある状態は、非活動性と比べて不妊のリスクを高める(Strong/GRADE 4)。
  • 潰瘍性大腸炎で回腸嚢肛門吻合(IPAA)の既往があると、手術していない場合より妊よう性が低下する(Conditional/GRADE 3)。
  • 生殖補助医療(ART)の生児出生でみた有効性は、IBDのない女性と同等の可能性(Conditional/GRADE 5)。骨盤内手術歴があっても体外受精の有効性は同等の可能性(GRADE 6)。
  • 採卵は再燃リスクを高めずに実施できる可能性がある(コンセンサス3)。

「妊娠しにくい」という不安の中身は、実は3つに分けられます。①病気そのものの影響、②活動性が高いことの影響、③手術の影響です。このうち②は治療によって変えられる部分であり、コンセンサスが最も強い言葉(Strong)を使っているのもここです。

子どもに遺伝しますか

  • 第一度近親者にIBDがある子どもは、そうでない子どもと比べてIBDを発症するリスクが高い(Conditional/GRADE 1、エビデンスの質はLow)。
  • クローン病の親から生まれた子どもは、潰瘍性大腸炎の親から生まれた子どもより発症リスクが高い可能性がある(コンセンサス1)。

「リスクが高い」は「必ず発症する」ではありません。原著もあくまでカウンセリングの際に伝える内容として位置づけています。

7. 妊娠中の管理 ─ 検査・合併症・分娩

検査の選び方

  • 便中カルプロテクチンは、妊娠中の疾患活動性のモニタリングに有用(コンセンサス8)。
  • 妊娠中の内視鏡検査は低リスクだが、治療方針を変える可能性がある場合にのみ行うべき(コンセンサス6)。
  • 断層画像が必要な場合は、腸管超音波検査およびガドリニウム非使用MRIがCTより望ましい(コンセンサス7)。

知っておきたい合併症リスク

  • IBDのある女性は、ない女性と比べて低出生体重・早産を含む有害な妊娠転帰のリスクが高い(GRADE 23)。
  • 中等症〜重症の活動性がある場合、自然流産のリスクが高い(GRADE 24)。
  • IBDのある妊婦は、妊娠中および産後の静脈血栓塞栓症のリスクが高い(GRADE 25・26)。
  • IBDのある女性から生まれた子どもは、NICU入院および生後1年間の入院の頻度が高い(GRADE 27)。
  • 活動性のある状態で生まれた子どもは、非活動性の場合と比べてSGA・低出生体重が多い(GRADE 28)。
  • コンセンサス32は、妊娠中の疾患活動性のコントロールが有害転帰を減らすうえで極めて重要と明記しています。

子どもの長期的な発達への影響

原著は、以下についてリスク増加は認められないとしています(いずれもConditional)。

  • 抗TNF・ウステキヌマブ・ベドリズマブに曝露した児の小児期悪性腫瘍(GRADE 29)
  • 同3剤に曝露した児の小児期の発達遅滞(GRADE 30)
  • チオプリンに曝露した児の小児期の発達遅滞(GRADE 31)

分娩方法

  • クローン病で活動性の肛門周囲病変がある場合は帝王切開を提案(Conditional/GRADE 10)。
  • 回腸嚢肛門吻合(IPAA)の既往がある場合は帝王切開を検討することを提案(Conditional/GRADE 11)。
  • 直腸腟瘻の既往または現症がある場合は帝王切開で分娩すべき(コンセンサス10)。
  • 緊急・準緊急のIBD手術が必要な場合は、妊娠期(トリメスター)を理由に先延ばしせず、必要なときに実施することを提案(Conditional/GRADE 8)。

日本産婦人科医会も、分娩様式は「手術既往や肛門病変の有無などの情報を基に,本人含め多職種で話し合い分娩様式を決める」としており、方向性は一致しています。

8. 産後 ─ 授乳はどうする?

  • 授乳はIBDの増悪リスク上昇と関連しないため、授乳を推奨(Strong/GRADE 21)。
  • 抗TNF治療中の母親から生まれ授乳を受けた児で、生後12か月間の感染症リスクの上昇はない(Conditional/GRADE 22)。
  • 授乳が可能とされた薬剤(コンセンサス23〜29):5-ASA/サラゾスルファピリジン、チオプリン、ステロイド、抗TNF抗体(インフリキシマブ、アダリムマブ、ゴリムマブ、セルトリズマブ)、抗インテグリン抗体(ベドリズマブ、ナタリズマブ)、抗IL-12/23・抗IL-23抗体(ウステキヌマブ、リサンキズマブ、ミリキズマブ、グセルクマブ)、バイオシミラー
  • 授乳を避けるべきとされた薬剤:S1P受容体調節薬(エトラシモド、オザニモド)(コンセンサス30)、JAK阻害薬(トファシチニブ、ウパダシチニブ、フィルゴチニブ)(コンセンサス31)。

「授乳できる薬」と「授乳を避ける薬」の線引きが、生物学的製剤か低分子薬かでほぼきれいに分かれているのが今回の特徴です。注射の薬のほうが心配、というイメージとは逆になっている点は、知っておいて損がないと思います。

9. 男性患者さんの場合

今回のコンセンサスは、タイトルのとおり女性患者の妊娠管理を対象とした文書です。男性患者の服薬に関するGRADE推奨・コンセンサス・ステートメントは含まれていません。

日本国内では、日本医事新報社のQ&A(東邦大学医療センター佐倉病院・鈴木康夫氏による回答)で、男性患者が注意すべき点は「サラゾピリン®(salazosulfapyridine:SASP)服用による精子運動機能低下に伴って妊孕率が低下する可能性以外は特にありません」と述べられています(日本医事新報社)。

男性患者さんから「自分の薬が精子に影響しないか」と聞かれることは多いのですが、心配の中心になりやすいSASPについては、休薬で回復が期待できるとされる項目です。いずれにしても、パートナーが妊娠を考えているタイミングは主治医に伝えておいてください。

10. よくある質問

Q1. 妊娠中にIBDを発症したら、どうなりますか

コンセンサス12は、妊娠中に活動性がある場合、チオプリン・メトトレキサート・JAK阻害薬・S1P受容体調節薬を除いて、非妊娠患者と同じ適切な治療を開始または最適化すべきとしています。つまり「妊娠中だから治療を弱める」という発想は取られていません。

Q2. 妊娠中に悪化したら、大腸内視鏡はできますか

コンセンサス6は、妊娠中の内視鏡は低リスクであるが、治療方針を変える可能性がある場合にのみ実施すべきとしています。まず便中カルプロテクチンや腸管超音波検査が選ばれることが多くなります。

Q3. 妊娠中に手術が必要になったら

GRADE 8は、緊急・準緊急の手術は妊娠時期を理由に判断せず、必要なときに実施することを提案しています。

Q4. 「薬をやめたい」と思ってしまったら

その気持ちは、まったく責められるものではありません。ただ、今回のコンセンサスが繰り返し示しているのは、やめることのリスクが、続けることのリスクより大きい場面が多いという点です。不安があるなら、やめる前に主治医へ伝えてください。伝えるだけで選択肢が増えます。

なお、IBDでは気分の落ち込みや不眠を伴うことも少なくありません。潰瘍性大腸炎とうつ・不安潰瘍性大腸炎と不眠の関係もあわせてご覧ください。食事については潰瘍性大腸炎の食事ガイドにまとめています。

11. まとめ

  • 2025年8月、IBDと妊娠に関する初の国際コンセンサスが公表されました。
  • 中心にあるのは「母体の健康こそが赤ちゃんの健康をいちばん支える」という原則です。
  • 5-ASA、ステロイド、チオプリン、抗TNF抗体、ベドリズマブ、ウステキヌマブ、抗IL-23抗体、バイオシミラーは、妊娠期間を通じた継続が推奨または提案されました。
  • メトトレキサート、JAK阻害薬、S1P受容体調節薬は妊娠前の中止が必要で、薬ごとに休薬期間が示されています。
  • 授乳は推奨され、JAK阻害薬とS1P受容体調節薬を除く多くの薬で可能とされました。
  • 日本では、アザチオプリンの位置づけ・低用量アスピリンの適応・ロタウイルスワクチンとBCGの接種時期について、事前の相談と段取りが要ります。
  • そして何より、自己判断で薬をやめないこと。これが2025年のコンセンサスがいちばん伝えたかったことだと、私は考えています。

参考文献・参照サイト

  1. Mahadevan U, Seow CH, Barnes EL, et al. Global Consensus Statement on the Management of Pregnancy in Inflammatory Bowel Disease. Inflamm Bowel Dis. 2025;31(10):2615-2664. doi:10.1093/ibd/izaf171/全文:Oxford AcademicPubMed PMID: 40874613
  2. 難病情報センター.潰瘍性大腸炎(指定難病97)
  3. 難病情報センター.クローン病(指定難病96)
  4. 日本産婦人科医会.(2)炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎とクローン病)(研修ノートNo.111「合併症妊娠」2024年掲載)
  5. 厚生労働省.ロタウイルスワクチン
  6. 厚生労働省.BCGワクチン
  7. 厚生労働科学研究費補助金研究班.SLE、RA、JIAやIBD罹患女性患者の妊娠、出産を考えた治療指針(2017年)患者様向けQ&A
  8. 日本消化器病学会.炎症性腸疾患(IBD)診療ガイドライン2020
  9. 日本医事新報社.炎症性腸疾患の患者が妊娠した際の治療薬使用

ご注意

本記事は、公表された医学文献および公的機関の情報をもとにした一般的な情報提供であり、個々の患者さんに対する診断・治療の指示や、特定の医薬品の使用を推奨するものではありません。効果や安全性は個人差があり、記載された内容が必ずしもすべての方に当てはまるものではありません。

国際コンセンサスの推奨内容は、日本国内の承認内容・添付文書の記載・保険適用と必ずしも一致しません。服薬の継続・中止・変更は、必ず主治医の指示に従ってください。自己判断での中止は、症状の悪化を招くおそれがあります。

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この記事を書いた人

消化器内科医(卒後20年)
市中病院で内視鏡・炎症性腸疾患・消化器がん化学療法を専門に診療
消化器病学会専門医/消化器内視鏡学会専門医/総合内科専門医

むずかしい医学を、やさしい言葉で

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