要点(先にまとめ)
- 2026年2月19日、国立がん研究センターJPHC研究班が、ピロリ菌感染・萎縮性胃炎・要介護認知症の関連を調べた論文を公表しました。
- 全体としては、ピロリ感染と認知症の発症リスクの間にハッキリした関連は見られませんでした。
- しかし、食事からのビタミンB12摂取量が少ない人に絞ると、ピロリ感染、重度の萎縮性胃炎、その両方を持つことが、認知症リスクの上昇と関連していました。
- 「ピロリ菌=認知症の原因」と単純に言える話ではありませんが、胃の状態と栄養(特にビタミンB12)に気を配ることの大切さを示す結果です。
- 観察研究のため因果関係は証明されていません。著者らも「もし関連が確認されれば、AGとB12状態のモニタリングが将来の予防戦略になり得る」と慎重に述べています。
はじめに:胃の話のはずが、なぜ「脳」の話に?

健診で「萎縮性胃炎です」「ピロリ菌が陽性でした」と言われた経験のある方は多いと思います。ピロリ菌といえば、胃がんとの関連で語られることがほとんどですよね。
ところが2026年2月、国立がん研究センターのJPHC研究班から、ちょっと意外な切り口の論文が公表されました。テーマは**「ピロリ菌・萎縮性胃炎と、要介護認知症との関連」**。
「胃と脳って関係あるの?」と思われるかもしれません。でも、論文を読み込むと、ビタミンB12というキーワードを介して、両者がゆるやかにつながっている可能性が見えてきます。
今日はこの研究を、診察室で患者さんに話すような感覚で、ていねいに解説してみたいと思います。
研究の概要:6,817人を11年間追跡した、日本の大規模コホート

今回の研究は、JPHC研究(多目的コホート研究)コホートIIの参加者のうち、茨城・高知の2地域に住む40〜69歳の方を対象としています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象人数 | 6,817人(1993年時点で40〜69歳) |
| 追跡期間 | 中央値11.0年(2006〜2016年) |
| 認知症の判定 | 介護保険の要介護認定情報をもとに「要介護認知症」を把握 |
| 認知症発症数 | 1,325人(19.4%) |
| 評価項目 | ピロリ菌IgG抗体価、萎縮性胃炎の程度、食事中のB12・葉酸摂取量 |
「要介護認知症」というのは、介護保険の要介護認定を受けて、認知症の症状で日常生活に支障がある状態を指します。論文では、この判定方法について、専門医の診断と比べた感度73%・特異度96%と、十分妥当な指標とされています。
結果①:全体ではハッキリした関連は見られなかった

まず驚くかもしれない結果から。
ピロリ菌に感染している人(IgG抗体価10 U/mL以上)と、感染していない人(10 U/mL未満)で比べたところ、全体としては、認知症の発症リスクに統計的に意味のある差はありませんでした。
| 比較対象 | ハザード比(95%信頼区間) |
|---|---|
| ピロリ陽性 vs ピロリ陰性(全員) | 1.04(0.92〜1.17) |
ハザード比が1.0前後で、信頼区間も1.0をまたいでいるので、「リスクが高い/低い」とは言えない、という結果です。
これは過去の海外研究の多くが「ピロリ菌は認知症リスクを上げる」という結果を出していたのとは違う傾向で、論文の著者らもこの不一致について議論しています。
著者らが挙げている考察のひとつは、肥満の割合の違いです。海外の先行研究ではBMI 25以上の人が40〜60%を占めていたのに対し、今回のJPHC研究では25.5%でした。肥満は慢性炎症や血管疾患を介して認知症リスクを上げる可能性があるため、その違いが結果に影響したかもしれない、という見立てです。
結果②:ビタミンB12摂取量が少ない人では、関連が見えてきた

ところが、参加者を食事中のビタミンB12摂取量で2グループに分けると、景色が変わります。
中央値(5.1µg/日)よりB12摂取量が少ないグループでは、
- ピロリ菌陽性(IgG≥10 U/mL):認知症リスクが1.26倍(95%CI: 1.01〜1.58)
- 重度の萎縮性胃炎:認知症リスクが1.34倍(95%CI: 1.06〜1.68)
- ピロリ菌陽性 + 萎縮性胃炎の両方持ち:認知症リスクが1.30倍(95%CI: 1.05〜1.61)
いずれも信頼区間が1.0を超えていて、統計的に意味のある関連が見られました。
一方、B12摂取量が中央値以上のグループでは、これらの関連は見られませんでした。
葉酸の摂取量で分けた場合は、ピロリ・萎縮性胃炎いずれも認知症リスクとの関連は見られませんでした。これは「ピロリ感染が影響するのはB12の方で、葉酸はあまり影響を受けない」という、過去のメタ解析の知見とも整合する結果と論文では考察されています。
なぜ「胃」と「脳」がつながるのか――生物学的な説明

⚠️ ここから先は、論文中で仮説(biological hypothesis)として説明されている内容です。事実としての因果ではなく、「こういう仕組みが考えられている」という背景情報としてお読みください。
ピロリ菌に長く感染していると、胃の粘膜が薄くなる萎縮性胃炎が進みます。萎縮した胃は、
- 内因子の分泌が減る(B12を吸収するのに必要なタンパク質)
- 胃酸が減る(B12を食べ物から遊離させるのに必要)
この2つが起きるため、ビタミンB12の吸収効率が落ちることが知られています。
ビタミンB12と葉酸は、ホモシステインというアミノ酸を別のアミノ酸(メチオニン)に変える代謝に関わっています。B12が不足すると、ホモシステインが体内に溜まりやすくなるのです。
ホモシステインが高くなると、
- 血管の内皮細胞や神経細胞を傷つける
- 動脈硬化を進めて脳卒中のリスクを上げる
- 過去のメタ解析では、認知症(アルツハイマー型・血管性)リスクの上昇との関連も報告されている
ということが、複数の研究から示唆されています。
つまり、
ピロリ感染 → 萎縮性胃炎 → B12吸収低下 → ホモシステイン上昇 → 神経・血管へのダメージ
という仮説です。今回のJPHC研究の結果は、この仮説の一部と整合するものでした。「食事からのB12が少ない人ほど、ピロリや萎縮の影響を受けやすい」という現象が、この仮説で説明できる可能性があるからです。
「ビタミンB12が少ない」とは、どのくらい?

論文では、参加者を**B12摂取量の中央値(5.1µg/日)**で2分しています。
参考までに、「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、成人のビタミンB12の目安量は4.0µg/日とされています(厚生労働省)。
ビタミンB12は、ほぼ動物性食品にしか含まれない栄養素です。代表的な含有食品は、
- レバー、しじみ、あさり、牡蠣
- 魚介類(さんま、いわし、さば、鮭など)
- 卵、乳製品
魚を食べる頻度が低い、肉も少なめ、菜食寄りの食生活、という方は、知らず知らずのうちにB12摂取が少なくなっている可能性があります。
具体的な食品ごとの含有量(◯◯μg/100g)を本記事ではあえて詳しく出しません。日々の食事を細かく計算することよりも、「動物性食品をある程度食べているか」「魚を週何回食べているか」を意識する方が現実的だと考えるからです。
💡 高齢の方や、胃の手術を受けた方、長期間プロトンポンプ阻害薬(PPI)を内服している方は、食事から十分B12を摂っていても吸収が落ちることがあります。気になる場合は、主治医にご相談ください。
この研究をどう受け止めればいいか――5つのポイント

① 「ピロリ菌が認知症の原因」とは言えない
今回の研究は観察研究です。著者らも論文の結論部分で**「観察データから因果関係を推定することはできない(causality cannot be inferred from our observational data)」**とハッキリ書いています。
「ピロリ菌に感染すると認知症になる」と早合点しないことが大切です。
② B12摂取が少ない人で関連が見えた、というのが今回の最大のメッセージ
全体ではハッキリした関連が出なかったのに、B12摂取量で層別すると関連が浮かび上がった。これは、「胃の状態」と「栄養状態」を組み合わせて見る視点の重要性を示しています。
③ 萎縮性胃炎を指摘されたら、放置せず定期的なフォローを
萎縮性胃炎は、それ自体が胃がんのリスクを上げることが既によく知られています。今回の研究結果と直接の関連はありませんが、健診でAB分類のC群・D群(ピロリ抗体陽性・ペプシノゲン陽性)と判定された方は、定期的な胃カメラのフォローを主治医と相談していただきたいと思います。
④ ピロリ除菌の意義は、まず「胃がん予防」
「認知症予防のためにピロリ除菌を受けるべきか?」と問われると、現時点でその根拠はまだ十分ではありません。除菌の最大の意義は今のところ胃がん予防です。今回の研究は、除菌の意義を「将来的に広げて考えるかもしれない」材料の一つ、という位置づけです。
⑤ 食事のバランスは、長く続けてこそ意味がある
「症状がないうちに、できることを少しずつ」――これがこのブログのテーマでもあります。動物性食品をバランスよく食べる、魚を週に何回か食べる、極端な食事制限はしない。地味ですが、これが認知症だけでなく、多くの病気の予防につながる土台です。
研究の限界(論文中で著者らが明示しているもの)

最後に、論文の信頼性をフェアに見るために、著者らが挙げている限界を紹介します。
- ピロリ菌IgG抗体や血清ペプシノゲンが測定できなかった人が多く、結果を一般化できる範囲には限りがある
- 萎縮性胃炎の判定は血液検査ベースで、内視鏡所見は使っていない
- 認知症のサブタイプ(アルツハイマー型・血管性など)を区別できていない
- ビタミンB12・葉酸は食事調査票からの推計で、血中濃度は測っていない
- サプリメント・薬剤による補充の情報は得られていない
これらの限界を踏まえても、6,817人を11年追跡した日本人対象の前向き研究という強みはとても大きく、今後の追加研究の重要な土台になる結果と言えます。
まとめ:胃を守ることは、もしかしたら脳を守ることにもつながるかもしれない

このブログでは、いつも「症状がないうちに腸を守る」というメッセージをお伝えしています。今日の話は、それを**「症状がないうちに胃を守る」**にも広げられるかもしれない、という内容でした。
- ピロリ菌は、まず胃がんのリスクとして向き合う
- 萎縮性胃炎を指摘されたら、定期フォローを
- 食事はバランスよく、特に動物性食品を極端に避けない
- B12が気になる方は主治医に相談を
「難しい医学を、やさしい言葉で」――この記事が、健診結果を見直すきっかけになればうれしいです。
出典・参考文献
- 本記事の中心となる研究:Matsunaga T, Yamagishi K, Iso H, Yasuda N, Inoue M, Tsugane S, Sawada N. Helicobacter pylori infection, atrophic gastritis, and disabling dementia: the Japan Public Health Center-based Prospective Study. Environmental Health and Preventive Medicine. 2026;31:11. DOI: https://doi.org/10.1265/ehpm.25-00228(Open Access、J-STAGE公開日:2026年2月19日)論文URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/ehpm/31/0/31_25-00228/_article
- 国立がん研究センター 多目的コホート研究(JPHC Study):https://epi.ncc.go.jp/jphc/
- 日本人の食事摂取基準(2025年版)策定検討会報告書:厚生労働省(令和6年10月公表)https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001316467.pdf
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本記事は、消化器内科専門医(消化器病専門医・消化器内視鏡専門医・総合内科専門医)の医師が、原著論文と公的機関の公表資料に基づいて執筆しています。記事内で示した数値・結論はすべて出典文献からの直接引用または忠実な要約で、推論・解釈は本文中で明示しています。
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